装飾古墳とは

1. 九州に多い装飾古墳

装飾古墳は、全国にありますが、九州地方は特に多く、壁画の文様が複雑なものが多くあります。さらに、装飾がきれいなものも多く残されています。

九州地方の中では、福岡県は墳丘を持つ古墳の彩色壁画が多く、熊本県や大分県は墳丘を持つ古墳と横穴墓の線刻壁画も多くあるのが特徴です。長崎県や宮崎県になると線刻の壁画が多くなります。九州の中でも、福岡県の筑後川流域、熊本県の山鹿地域は、装飾古墳がたくさん残っている地域です。

図1 九州地方の装飾古墳分布

装飾古墳で唯一、特別史跡に指定されているのは、福岡県の王塚古墳です。石室内全体に同心円文、三角文、騎馬人物、双脚輪状文、蕨手文、靭などの文様が描かれています。日岡古墳は、奥壁に大きく同心円文がいくつも描かれて、その周りに三角文や蕨手文で飾られています。

写真1 王塚古墳(福岡県) 写真2 日岡古墳(福岡県)

熊本県の山鹿地方で有名な古墳の1つにチブサン古墳があります。石屋形の内側に三角文や円文が不思議な形で組み合わされて描かれています。熊本県の南部にも装飾古墳は数多くあります。熊本市内南部にある千金甲古墳は、石障に円文や靭などの文様がはっきりとした彫刻で表わされています。

写真3 チブサン古墳(熊本県) 写真4 千金甲古墳(熊本県)

これらの装飾古墳は、普段は石室内が密閉されて内部を見ることができません。そのため、誰でもいつでも装飾古墳の内部の様子を見られるようにということで、この装飾古墳データベースが作られました。

2. 全国にある装飾古墳

装飾古墳は、日本に広く分布しています。北海道と沖縄県には古墳時代がないとされていますが、装飾古墳は北が宮城県、南は宮崎県、熊本県まで分布しています。

図1 装飾古墳の全国分布

東日本で有名な装飾古墳は、茨城県にある虎塚古墳(写真1)です。石室内には、奥壁に大きく2つの円文が描かれ、靭や大刀などが石室全体に赤い顔料だけで描かれています。

赤い顔料を使った装飾古墳は、福島県にも広く分布しています。しかし、虎塚古墳が方後円墳なのに対し、福島県の装飾古墳は横穴墓です。泉崎横穴墓には人物や渦巻き文(写真2)、中田横穴墓には三角文が描かれています。

写真1 虎塚古墳 写真2 泉崎横穴墓

東京や神奈川など首都圏や静岡県の古墳は、線刻の古墳です。大阪にも装飾古墳はありますが、やはり線刻の装飾です。

西日本で彩色された装飾古墳としては、鳥取県にある梶山古墳が有名です。ここでは、魚が文様として描かれていて、このような魚の描き方は九州地方の装飾古墳には見られません(写真3)。

四国の香川県にある宮が尾古墳は、殯(もがり)と言われる葬送儀礼を線刻で描いているとされる古墳で、このモチーフも全国では珍しいものです。他にも船に乗った人や武人も線刻されていて、レプリカが公開されているので、誰でも手軽に装飾古墳の文様を間近に見ることができます。

写真3 梶山古墳(鳥取県) 写真4 宮が尾古墳(香川県)

しかし、西日本には、他に彩色壁画の古墳はありません。全国でも複数の文様が彩色壁画で石室内を飾られているのは、福島県、茨城県の虎塚古墳、梶山古墳など全国で数えるほどです。九州以外の装飾古墳では、線刻がほとんどです。いかに九州地方で装飾古墳の文化が大きく花開いたかがわかると思います。

3. 世界の装飾古墳

装飾古墳は、海外にもあります。

写真1 サッカラのメレルカのマスタバ墳 写真2 ギザのピラミッドとマスタバ墳(手前)

エジプトでは、紀元前2500年前頃の古王国時代にサッカラやギザに作られたマスタバ墳があります。室内の壁には、当時の生活の様子がレリーフに着色して描かれています。ただし、残念ながら現地は撮影禁止のため、トリノのエジプト博物館やイギリスの大英博物館で展示している壁画だけを装飾古墳データベースでは紹介しています。

エジプトと同じ時期にアイルランドのニューグレンジは作られています。墳墓の周りに置かれた石障に渦巻きなど独特な文様が線刻されています。

また、マルタ島のハルサフリエニハイポジウム神殿は、島内の中央部に作られた地下の埋葬施設でしたが、壁に唐草文や五角形など不思議な文様が赤で描かれています。これも内部が撮影不可なので、写真で紹介できないのが残念です。

装飾古墳が多くあるのは、地中海沿岸です。イタリアは、エトルリア時代にあたる紀元前6世紀から前2世紀にかけて、タルクィニアやチェルヴェッテリのネクロポリで地下式の装飾墳墓が多く作られました。非常に細かい描写や生活が描かれており、天井部分もきれいな装飾を施されているのが特徴です。石室内を1つの部屋に見立てて描かれているようです。

写真3 ヒョウの墓 (Tomba dei Leopardi) 写真4 レリーフの墓 (Tomba dei Rilievi)

ブルガリアでは、紀元前3世紀ごろにトラキア人が装飾古墳を作っています。特に、カザンラクのトラキア人墓は、石室の形状も特徴的です。

写真5 カザンラクのトラキア人王墓(ブルガリア) 写真6 クサントスの墳墓(トルコ)

トルコでは、リキア文化による空高く石棺を安置した墳墓や山の上に石室を安置して細かい礫で覆ったネムルトダーゥもあります。チュニジアでは、カルタゴ人がタニト神を描いた装飾墳墓を作っています。

ギリシャでは、アレキサンダー大王の父親であるフィリッポス2世の墳墓があります。地下に石室がありますが、正面はきれいな青色で装飾されています。

なお、アレキサンダー大王の死後、領土を4つに分割して治めたと言われていますが、そのうちのエジプト領土の出先として、キプロス島にも横穴式の石室正面が装飾された墳墓があります。さらに、北キプロスには、紀元前6世紀とされる円形の天井に幾何学文が描かれた装飾古墳があります。

写真7 フィリッポス2世の墳墓(ギリシャ) 写真8 Tomb80(北キプロス)

アジアでは、高句麗が最初に首都のあった集安や北朝鮮の平壌に装飾墳墓を作っています。

韓国では、6世紀ごろにいくつかの装飾古墳が作られました。これらの高句麗や韓国での装飾古墳の埋葬文化が日本に伝えられたとされています。また、陝西省西安には、唐の時代の装飾古墳が残されています。

写真9 長川1号墳(中国・集安) 写真10 章懐太子墓の唐人図(中国・西安)

アジアの装飾古墳は、南アジアにはないと思われていましたが、インドネシアのスマトラ島にも装飾古墳が見つかっています。ただし、時代が特定されていないため、今後の考古学研究の成果に期待が膨らみます。

写真11 Tomb3(インドネシア・レンバク村) 写真12 Tomb7(インドネシア・レンバク村)

なお、近年では、モンゴルでも装飾古墳が発掘されており、今後の調査結果が待たれるところです。

4. 装飾古墳の文様

描かれた装飾には、土や岩を砕いて作った絵の具で直接に岩肌に描いたもの(彩色)、鉄筆のような先のとがった道具で文様を刻んだもの(線刻)、鏨などで立体的に文様を掘り出したもの(彫刻)などの差があります。

絵の具には赤、青、緑、黒、灰、黄、白などがあり、すべて天然に存在する鉱物・土を叩き砕いて熱を加えずに用いた顔料(がんりょう)です。彩色された装飾には線刻によって文様を描いた後に、彩色で塗り分けられたものもあります(熊本県井寺古墳・佐賀県西隈古墳など)。

日岡古墳(福岡県) 井寺古墳(熊本県) 西隈古墳 石棺拡大写真(佐賀県)

鉄筆で描かれたものは彩色のものに比べて数も多く広く分布しますが、何が描かれたか不明なものも多く、また古墳時代以後に描かれた落書きと判別が付かないものも多いために、注意が必要です。彫刻されたものは熊本県でしか見つかっておらず(熊本県千金甲1号墳、熊本県鍋田横穴墓群、長岩横穴簿群など)、埋葬施設が、軟質で加工しやすい阿蘇溶結凝灰岩で造られたことから生まれた装飾でしょう。

千金甲古墳(熊本県) 鍋田27号墓(熊本県)の壁画にある人物や盾 長岩48号墓(熊本県)の壁画にある人物

装飾古墳で描かれる文様には、幾何学文様として円文および同心円文、三角文および連続三角文、蕨手文、双脚輪状文、直弧文、菱形文、器材をかたどった文様として靭(ゆき)、鞆(とも)、盾、大刀、弓、翳(さしば)、動物・人間をかたどった文様には人物・舟・馬・鳥・家・花文などがあります。また、ヒキガエルや四神のように大陸文化の影響を受けて描かれた文様もあります。これらの主な文様については、このデータベースの中で詳しく説明しています。

王塚古墳(福岡県)の連続三角文 チブサン古墳(熊本県)の人物 竹原古墳(福岡県)の翳(さしば)

5. 装飾古墳の時代

西暦(A.D.)3世紀から7世紀の中ごろにかけて、日本列島では数多くの大きな墓が各地に築かれていました。その墓を古墳といい、古墳時代と呼びます。古墳のうち、内部の壁に彩色や線刻などの装飾をもつ古墳を装飾古墳と呼びます。

海外でも、その形や大きさ、作られた時代は異なりますが、規模が大きく様々な装飾を施した墓が存在します。このデータベースでは、日本国内はもちろん、世界の古墳も紹介しています。日本で装飾古墳が築かれた時代と世界で装飾があるお墓が作られた時代は下の図の通りです。

図1 装飾古墳の時代

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